黄金色の波紋

それは黄金色をした音
波紋のようにゆっくりと広がる光が
地平線の彼方まで響き渡る

そこに言葉はなく
これっぽっちの知性もいらない

暖炉のようなやわらかな温もりが
光へ向かう昆虫たちのように
心の奥底の絶望さえも
幻想に変わる

小麦畑に吹く風のように
ひとつひとつの稲穂が
黄金の絨毯になってダンスをする

 

インディゴの雫より

AIによって相対化されていく人間像

カメラが壊れてからブログを書く気にならなかったのですが
先日修理が終わったので久しぶりにブログを再開します。

最近は人工知能の情報を漁っているのですが、人間の特権と思われていたものが、少しづつ崩壊していくのを目の当たりに感じるようになってきました。

去年の末には情報処理学会が、将棋プロ棋士への挑戦を「事実上の目標を達成した」として終了。
将棋より局面が多い囲碁においては更に10年かかると言われていたのに、先日AIが欧州チャンピオンに勝利したとの報道を見た時には驚きました。

この10年を一気に縮めたのは、ニューラルネットワーク〜ディープラーニングによる恩恵が大きいと感じています。

囲碁や将棋はエンターテインメントとしての楽しみがあるので、わざわざコンピューターとやらなくても人対人という形で続いていくのだろうけど、問題になるのは様々な仕事がAIに取って代わるということです。
10〜20年後には今ある仕事の半分が無くなるという予測にリアリティを感じます。

個人的に最も気になる金融市場で使われているAIです。
自分が育てたAIが強くなれば億万長者、いやいや億万「兆」者も夢じゃない。
AIの作成はIT企業の分野で、ソフトを開発して販売するより直接市場で売買して儲けちゃえばいいというダイレクトな点も面白い。
既に市場の半分は人工知能の売り買いと言われてますが、個人でもAIを使うようになったらどうなるんだ?という疑問はあります。
AIを盾に売り買いするようになれば、他より強いAIを開発する戦いに変わります。
もはや意味不明です。

AIの技術革新によって国家、法律、社会、倫理など多方向で急速に変化せざるを得ないので、一体どうなっちゃうんだろう?という呑気な傍観者的立ち位置で見てしまいますが、急速な変化を素早くキャッチして追従する人、関心がない人との間で温度差が生まれるので、そこから生まれる争いは避けられない気がします。

僕の関心ごとの1つは、AIによって相対化されていく人間像にあります。
人間には思いもつかなかったこと、これまで間違いだとされていたこと、当たり前すぎて疑問すら抱かなかったこと、そういった人間固有の価値観がAIによって刺激されたり壊されることで、人間の本質により1歩近づけると思うからです。

知性という分野においては、AIにバトンタッチすることになるだろうし、AIから見れば僕もアインシュタインも変わらないという話になれば、人間同士の奪い合い、競い合いはもはや意味がありません。

2016年はAIへの敗北として価値観を変えるより、もう一度我に返って自分自身の世界のあり方を組み直していこうかと思います。これは悲観的な意味でなはく、これまでの人類の歴史の中で、絶えず現実に押しつぶされていたものが次々と消滅し、諦めてしまった多くの理想が重要になってくると感じるからです。悲観的というより、かなり楽観的です。

想像力をフルに働かせつつ
究極の理想を描きつつ

そんなことを考えつつ、抱負っぽく締めます。